令和元年度交通安全ファミリー作文コンクールの最優秀作品が発表されました。
このコンクールは昭和54年度から実施しており、家庭や学校、職場、地域等において交通安全について話し合ったこと、また、これらを通じて思ったこと、感じたことを作文を通じて国民の皆様が共有し、具体的な交通安全活動の実践につながる取り組みとして続いてまいりました。
令和元年も、小学生から高齢者まで幅広い年代の方から12,154点もの応募がありました。「小学生の部」「中学生の部」「高校生・一般の部」の各部門の最優秀作には、本年1月17日に開催された第60回交通安全国民運動中央大会において内閣総理大臣賞が授与されました。
(警察庁発行 令和元年度交通安全ファミリー作文コンクール優秀作品集から)
主催 | 警察庁 一般財団法人 全日本交通安全協会 公益財団法人 三井住友海上福祉財団 一般財団法人 日本交通安全教育普及協会 |
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後援 | 内閣府 文部科学省 |
協賛 | 全国共済農業協同組合連合会(JA共済連) |
「第60回交通安全国民運動中央大会」で内閣総理大臣賞の表彰を受ける八幡葵子さん
表彰式のようす
徳島県徳島市加茂名南小学校 2年
八幡 葵子(やわた きこ)
おうだん歩道と車とわたし
わたしは、ならいごとや買いものに行く時に、おかあさんの車にのります。車がしんごうでとまった時、おじいさんやおばあさんが、おうだん歩道の手前をわたったり、道ろをななめにわたっているのを、よく見かけます。きゅうブレーキをする車も見ます。わたしは「あぶないなあ。どうしておうだん歩道をわたらないのだろう。」と思います。それは、おうだん歩道でないところをわたると、車の人がびっくりするからです。びっくりして、アクセルとブレーキをまちがえてふんでしまうかもしれません。わたしはいつも、おうだん歩道をわたっています。ようちえんの時に、交通安全教しつで教えてもらいました。それなのに、どうして大人の人はきちんとおうだん歩道をわたらないのか、ふしぎです。
わたしは、小さい時からずっと、
「おうだん歩道は、手をあげてわたりなさい。」と、おかあさんに言われています。でも、たまにわすれる時もあります。どうして「手をあげる」のか、わからなかったからです。おかあさんに聞くと、
「き子ちゃんは体が小さいから、手をあげて、うんてん手さんからよく見えるようにしてるんよ。」
と教えてくれました。
いえの近くに、しんごうのない、おうだん歩道があります。車がたくさん通るので、なかなかわたれません。もっと大きく手をあげると、うんてん手さんが気づいて、車がとまってくれるようになるかなと思いました。そこで、夏休みにしらべてみました。どうやってしらべたかというと、まずはじめは、おうだん歩道のよこで、手をあげずに立ちました。百台しらべて、とまった車はたったの五台でした。九十五台の車は、とまってくれませんでした。つぎは、車がきたら、大きく手をあげました。すると、百台中十九台の車がとまってくれました。でも、まだ八十一台の車はとまってくれなくて、目の前をたくさんの車が、通りすぎていきました。バスやタクシーも通ったけれど、とまってくれませんでした。それでも、手をあげない時よりかは、四倍くらい多くの車がとまってくれたので、やっぱり手をあげることは、大切なのだと思いました。
わたしは、今こまっていることを、大人になってもわすれないようにしたいです。大人になって車をうんてんする時には、おうだん歩道でまっている人を見つけたら、すぐにとまろうと思います。せまい道をものすごいスピードではしると、歩いている人がこわいので、ゆっくりうんてんしようと思います。それから、道ろをわたる時には、きちんとおうだん歩道を、手をあげてわたります。
茨城県下妻市立東部中学校 2年
金森 泰吏(かなもり だいり)
ペットと一緒に交通安全
僕が最近、交通安全について気になっていること、危ないなと思っていることは、二つあります。そしてその二つともペットが関わっています。
一つ目は、自動車の車内での犬の野放しです。先日、家族で自動車に乗って出かけた時の事です。前を走る自動車が頻繁にブレーキを踏んでいました。センターラインに寄ったり、歩道に近づいたり、明らかにふらふらしています。「何だろうね」と家族と話をしていた時、前の自動車が信号待ちで止まりました。すると運転席の窓から、犬が顔を出したのです。車内でゲージに入れられずに、自由に動き回っているようでした。そんな状況で運転することは、ドライバーのよそ見運転の原因になり、事故を起こすかもしれません。子供には子供の安全を守るために、チャイルドシートがありますが、犬にはそのような専用のシートがないので、やはりゲージにきちんと入れるべきだと家族で話しました。
二つ目は、暗闇での犬の散歩の仕方です。僕は走るのが好きなので、学校から帰った後に、よく近所の農道を走るのですが、冬は日が暮れるのが早いので、帰る頃には暗くなってしまいます。だから僕は、タスキをかけ、ライトを持って走ります。その頃、犬の散歩をしている人も多くいるのですが、犬の飼い主は僕と同じようにタスキをかけ、懐中電灯を持っている人もいて、遠くからでも発見できるのに対し、犬の方は懐中電灯で照らされることも少なく、リードも離れた僕からは全く見えません。すれ違う時に、犬がいることに気づかず、また、飼い主と犬との距離が少し離れていて、そのリードがピンと張っているのが見えず、リードにつまずきそうになった事がありました。もう少し、僕がスピードを出していたら、よけきれずに足を引っかけて転んだり、ぶつかっていたかもしれません。あるいは、とっさによけた所でたまたまバイクなどが横を通り、大きな事故になっていたかもしれません。犬の散歩をしている人の中には、首輪やリードに光る物をつけて犬の存在をアピールしている人もいます。もっとこのような物がペットを飼う人達に周知されるといいなと思いました。
ペットは、大切な家族の一員です。だからこそ、そのペットがきっかけで、事故を誘発しないようにすることも、交通安全につながると同時に、ペットを連れて出かける際の、飼い主のマナーだと考えて欲しいと思います。
大分県竹田市
髙橋 憲一(たかはし けんいち)(地方公務員 五十歳代)
父の小銭入れ
今年の四月、人事異動で往復二時間を要する職場に転勤となった。燃費の良さと安全性を考えて車を替えた。車線を少しはみ出るだけでピピッという警告音が鳴る。遠く離れた地で暮らす姉が、交通安全のお守りを送ってきた。車のグローブボックスに早速入れた。かつて父親が使っていた小銭入れとともに。
父は長距離トラックの運転手だった。配送を終え、自宅まであと一時間という場所で居眠り運転が原因で中央分離帯に乗り上げた。信号機の柱に激突し、帰らぬ人となった。四十九歳だった。私は進学先の京都でその知らせを受けた。通う大学の学園祭の準備をしていた。慌てて病院に駆けつけると、人工呼吸器のスイッチを切る同意を求められた。遺品として車の中から出てきたものの中に、私が小学生の時に父にプレゼントした小銭入れがあった。荷物の搬入を終えた後に自販機で飲むジュースが旨いと言う父に、私が小遣いを貯めて買った小銭入れだ。私はその小銭入れを父の形見とした。
父が死んだ年齢に自分自身が達したとき、一人息子は中学一年生になっていた。四十九歳でこの世を去る無念さを実感し、胸が締め付けられた。同時に私はこの子の成長を見届けるまで交通事故で死ぬことのないようにすると心に誓った。息子を私立大学にやるために身を粉にして働いた父。実の息子が高校の英語教員となり、やがては自分の孫が息子の勤務する高校に通うことになることも知らずに逝った父。
「父ちゃん、あなたの孫は息子と同じように山岳部に入り、インターハイにも2回行ったよ。あなたが好きだったくじゅう山系の大船山は、親子三代のお気に入りの山だ。ミヤマキリシマで山全体がピンク色に染まる様子をあなたの孫は『信じられないくらいきれい。』と言ったよ。」
毎日仕事を終え、自宅に戻る途中で一度休憩するようにしている。標高五百メートルのその休憩地点は、くじゅう山系や祖母傾山系、由布鶴見山系が見渡せる。飼い猫なのかでっぷりと太った白黒模様のネコとすっかり顔なじみになった。一息入れながら、かなりのスピードで家路を急ぐため行き交う車を眺める。父の小銭入れからコインを取り出し自販機でコーヒーを買う。小さなブラックコーヒーの缶を手に、同じように旨そうに喉を鳴らして缶コーヒーを飲んだ父に思いをはせる。
「さてと・・・。」と呟きながら、車に乗り込む。あと三十キロほどで我が家だ。途中、午後七時まで学校で勉強する息子を拾って帰宅する。午後七時過ぎ、息子が乗り込んでくる。
「コンビニ寄ってくれる?おなかペコペコなんや。」コンビニの駐車場に車をとめ、グローブボックスから小銭入れを出し息子に渡す。「じいちゃんの財布やな。」と言いながら息子はそれを受け取り店内に向かう。エナジードリンクを飲みながら息子が言う。
「じいちゃんの時代にこんなのがあったら居眠りせんかったかもしれんな。」
「ん。そうかもしれんな。」と私は返し、そっとアクセルを踏む。ゴールまであと八キロだ。
2年生 八幡 葵子(徳島県徳島市加茂名南小学校)「おうだん歩道と車とわたし」
2年生 金森 泰吏(茨城県下妻市立東部中学校)「ペットと一緒に交通安全」
髙橋 憲一(大分県竹田市)「父の小銭入れ」